聴神経腫瘍

聴神経の神経の興奮(情報)を伝達する部位を軸索と呼びます。

この周囲に幾つかの重なりとなって包み込んでいる膜構造(髄鞘;ずいしょう)から発生する腫瘍を聴神経腫瘍と呼びます。髄鞘は、脳に近い部分の中枢性髄鞘と耳に近い部分の末梢性髄鞘に別れますが、聴神経腫瘍は末梢性髄鞘より発生します。末梢性髄鞘は、シュワン細胞(Schwann cell)由来であるため、これより発生する腫瘍はシュワン細胞腫(Schwanoma) と呼びます。髄鞘から発生する腫瘍は、神経鞘腫とも呼ばれます。なので聴神経腫瘍は聴神経鞘腫(Acoustic Schwanoma)とも言われます。40歳から50歳に好発し、やや女性に多い腫瘍です。


耳鳴りや聴力低下は、聴神経腫瘍の疑いがあります

音が聞こえにくくなってきた(聴力低下)、耳鳴りがするといった自覚症状がある場合は聴神経腫瘍の疑いがあります。鼓膜から音や平衡に関わる情報を脳に伝達をする聴神経(蝸牛神経・前庭神経)から発生する腫瘍です。ゆっくり聴力が低下していくので、イヤホンを付けたりして気付く事もあります、また、突発性難聴のように急に片方の耳が聞こえなくなる事もあります。耳鼻科を受診した際でも、頭部MRI検査を行なっていない場合は診断がされない事もあります(腫瘍が小さい時に診断されない事になります)。聴力低下や耳鳴りが認められた際には、頭部MRI検査にて腫瘍が無い事をます確認する事が大切です。


1. 聴神経腫瘍とは?

聴神経は、内耳神経とも言います。脳神経と呼ばれる脳から出ている神経の1つで、主に耳から得られた音の情報を脳へ伝達する神経です。また、平衡機能に関わる情報も脳へ伝えます。

 聴覚に関わる器官に分布する蝸牛神経(かぎゅうしんけい)と平衡感覚に関わる器官に関わる前庭神経が合流した神経です。延髄やや橋と呼ばれる脳幹部に聴覚と前庭覚(平衡覚)を伝える役割を持ちます。この神経から発生する腫瘍は、発生した神経や大きさや変化により異なりますが、聴力障害と平衡機能障害(めまい)が主たる症状となります。


1)聴神経腫瘍を簡単にわかりやすく說明すると

聴神経腫瘍について、わかりやすい說明

ほとんどが、良性腫瘍です。

2)聴神経腫瘍の発生部位

耳の構造は、いわゆる耳の穴と言われる外耳と鼓膜の奥にある中耳、さらに頭蓋骨内(側頭骨内)にある平衡感覚に関係する前庭(三半規管など)や聴力に関わる蝸牛のある部分を内耳と呼びます。これらの情報を脳へ伝達する蝸牛神経や前庭神経が合流する内耳道に腫瘍が発生します。腫瘍が大きくなると内耳道から頭蓋骨内に伸展しての脳を圧迫するようになります。両側に腫瘍が発生すうのは稀ですが(約5%)、その半数は神経線維腫症に伴う腫瘍に伴うものです。

3)聴神経腫瘍は前庭神経もしくは蝸牛神経から発生する

 

聴神経腫瘍と呼ばれる腫瘍のうち90-95%は前庭神経から発生する前庭神経鞘腫です。神経鞘腫は良性の腫瘍であり腫瘍の成長速度がゆっくりな腫瘍でありますが、その反面、周囲の神経、脳に対しての影響もゆっくり進行してくる為、症状が出にくい、症状(難聴や耳鳴り)に気付かないという性質もあります。

4)聴神経腫瘍の頻度

脳腫瘍全体の約8〜10%と報告されています。年間に10万人に約1人程度の発生と報告されています。

5)聴神経腫瘍の症状

神経鞘腫は良性の腫瘍であり腫瘍の成長速度がゆっくりな腫瘍でありますが、その反面、周囲の神経、脳に対しての影響もゆっくり進行してくる為、症状が出にくい、症状(難聴や耳鳴り)に気付かないという性質もあります。

聴神経腫瘍では、どの様な症状が認められるのか?
聴神経腫瘍では、どの様な症状が認められるのか?(詳しく)

聴神経腫瘍の症状で最も多い症状は耳鳴り、難聴です。聴神経に含まれる蝸牛神経線維は非常に繊細であるため、腫瘍が小さい初期の段階より難聴が始まります。(腫瘍のある側で)徐々に難聴になった際は、聴こえる側の耳で聞き取った情報だけで脳でうまくカバーしてしまい、徐々に進行する片側の難聴は症状として自覚しにくい傾向にあります。他にめまいがあります。

 

腫瘍増大によって聴神経周囲の脳神経が圧迫されると、聴神経と隣接する顔面神経の麻痺(顔面麻痺)や三叉神経障害((顔面の感覚異常(鈍麻、しびれ、痛み等))が認められます。また、小脳に圧迫が及ぶとめまいや失調が出現します。この時期になると、症状が持続して日常生活での支障を自覚するようになります。

 

さらに腫瘍が増大すると、舌咽神経や迷走神経が障害され、嗄声(声がかする)・嚥下障害(飲み込み時にむせこむ)や脳幹(橋)の圧迫で著名な小脳症状が出現します。

 

かなりの大きさに腫瘍がなってしまうと脳内での髄液循環障害(中脳水道や第4脳室の圧迫)により、脳室が拡大して歩行障害・意識障害等がなどが症状として現れます(交通性水頭症)。


2. 聴神経腫瘍と診断されたら

(どの様に考えたら良いか)

聴神経腫瘍と診断されたら(どの様に考えたら良いか)

3. 聴神経腫瘍の治療

聴神経腫瘍の治療について(経過観察)
聴神経腫瘍の治療について(手術)
聴神経腫瘍の治療について(放射線治療)

良性の腫瘍であり腫瘍は短期間で大きくなる可能性は一般的には低いため、腫瘍が小さい場合は、手術の緊急性がありません。経過観察という治療選択もあります。外来で医師より時間をかけてよく話を聞いて、治療や経過観察などの方針を決められます。

 

小さい腫瘍でも放射線治療(サイバーナイフ、ガンマナイフ等)を進める施設もありますが、診察した医師や施設によって意見が異なります。いずれにせよ、治療効果や放射線治療数年後に認められる可能性のある症状やリスクをよく聞くことが大切です。

 

小さい腫瘍であれば、周囲の神経(一番重要な神経は顔面神経、次に蝸牛神経です)の機能を残す為には、これらにダメージを与えないように手術をしながら、腫瘍を全摘出する事を目指します。小さいうちであれば神経との癒着は少なく全摘出できる可能性が大きく、手術時間も短く再発のリスクも下がります。しかし、聴力を司る蝸牛神経は、ほんの少しの力が加わることで聴力は無くなってしまような非常に弱い神経です。聴力予後は、腫瘍の大きさ(15-20mmは予後がよい)、術前の聴力の程度、蝸牛神経への腫瘍の浸潤、腫瘍境界部の新生血管の発達の程度、内耳道付近の腫瘍の状態によって変わります。

 

一番重要な事は顔面神経の温存です。顔面神経が損傷してしまうと術後に片側の顔(手術した側の顔半分)が歪んでしまい、目が閉じられなかったり、口が歪んで口が閉じられなくなったりしてしまいます。よって、腫瘍摘出と顔面神経への影響を考慮したバランスのより手術が大切です。特に大きな腫瘍の場合は、顔面神経や脳幹(橋)や小脳などへの癒着が強いため、癒着部を残すことも合併症の回避として重要になります。

 


4. 聴神経腫瘍での検査


必ず聴力検査(純音聴力や語音聴力検査)が必要です。聴神経腫瘍の画像診断には、小さな腫瘍も発見する事ができる頭部MRI検査が有用です(腫瘍が疑われた場合は、造影剤も使用して腫瘍の診断をします)。頭部CT検査でも診断可能ですが、大きい腫瘍でなければ診断できません。

 

 

高性能MRI1.5テスラ、3.0テスラ)では、腫瘍サイズが1cm未満の内耳道内の聴神経腫瘍も発見できるようになっています。聴神経腫瘍は内耳道と呼ばれる小さな頭蓋骨のトンネル内を走行する部位から発生するため、初期の小さな腫瘍も診断できるようになりました。腫瘍周囲の脳神経との関係、腫瘍の性状など詳細な情報を得るにはMRIの検査が必要です。


5. 聴神経腫瘍の再発(再増大)

腫瘍が、全摘出もしくは全摘出に近ければ術後10-15年位の再発については、3%前後と考えてよいと思います。しかし、部分摘出の場合は、摘出率によっても異なりますが、明らかに全摘出とは再発率は高くなります。しかし、増大速度はゆっくりで、増大する変化も継続して認められない例も多く、手術時の所見や術後の画像変化で症例ごとの適した対応が必要です。


神経線維腫症(Neurofibromatosis type-II;NF-Ⅱ)

両側の聴神経に神経鞘腫が発生します。若年発症の場合、進行が速く、両側の聴神経鞘腫の他に、多発性に神経系腫瘍を生じます。発生する神経鞘腫は良性なのですが、通常の神経鞘腫とは少し性質が違い、腫瘍が常に大きくなり続けるという状態が続きます。聴神経腫瘍の2-4%の頻度で、このNF-Ⅱの患者さんがいらっしゃいます。他の神経鞘腫や髄膜腫、神経膠腫を合併する事が多いというのも特徴です。

腫瘍の増大は悪性腫瘍のように早くはないのですが、何度も腫瘍を全部摘出してもまた再発し、徐々に両側の聴力を失ってしまいます。原因遺伝子は判明しているものの、根本治療が無く、手術を行うタイミングには十分な検討が必要になります。