妊娠と脳疾患について

妊娠1ヶ月をすぎると妊娠の可能性を考え、妊娠2ヶ月位になると徐々に身体の変化が起きて妊娠が自覚されます。妊娠可能である年齢の方や結婚予定の方に脳腫瘍や脳動脈瘤などの既存する脳疾患に対する相談を受ける事があります。赤ちゃんと赤ちゃんを育てていく母親にとって、脳の病気が大きな問題とならないように多くを知っておく事が大切です。妊娠によって体型だけではなく、体内の循環血液量の増加やホルモンや血液凝固機能も変化していきます。さらに体質などの要因が加わり、妊娠によって脳卒中発症のリスク(脳梗塞・脳出血)が、約3倍になると言われています。また、もともと脳血管病変(脳動脈瘤・脳動静脈奇形・もやもや病など)や脳腫瘍がある場合には、妊娠中や分娩時、分娩後に脳出血などを発症したり急激な神経症状が出現する可能性もあります。

妊娠の脳卒中の説明

妊娠と脳卒中について

もともと脳疾患がない妊婦さんでも、妊娠に伴う体の変化で脳卒中(脳梗塞・脳出血など)を発症する事があります。脳神経外科医が関わる場合は、既存する脳疾患に対して妊娠する前に治療する必要性の判断や出産方法(経膣分娩、帝王切開)について産科医との相談になります。また、妊娠してから脳疾患が診断された場合や、発症した時も同様です。私見では、脳外科医や産科医によっても考えが異なるのではないかと感じています。少しのリスクでもその判断に重大な責任を感じる脳外科医は帝王切開を勧めるでしょうし、産科医はなるべく経膣分娩で出産をさせたいと考えています。


妊娠に関わる脳卒中(脳出血や脳梗塞など)
妊娠と脳腫瘍


1.妊娠と脳卒中(脳梗塞・脳出血)

脳卒中とは、脳の血管が詰まってしまう脳梗塞や脳の血管が破綻する脳出血による脳の障害を受ける病気の事です。妊産婦(出産前後の女性)での脳卒中は、日本では妊産婦死亡原因の第2位です。脳卒中の発生率は、同年代の男女と比較すると約3倍と報告されています。約1万の分娩に1人という頻度で認められます。妊娠に伴う循環血液量や心拍数の増加、妊娠によるホルモン作用や血液凝固機能の変化等が発生機序として考えられています。妊産婦脳卒中の病態としては、ⅰ)脳梗塞、ⅱ)脳静脈洞血栓症、ⅲ)脳出血(高血圧性)、ⅳ)くも膜下出血、ⅴ)もやもや病(主に脳出血、脳梗塞もあり)、ⅵ)脳動静脈奇形(脳出血)があります。特殊な病態として、稀ではありますが可逆性脳血管攣縮症候群(RCVS)による脳卒中も含まれます。また、可逆性後頭葉白質症(PRES)と言う脳症も認めれる事があります。

1)死因の多くは脳出血

妊娠に関連した脳卒中に関して、脳梗塞や静脈洞血栓症の多い欧米と比較すると日本では脳出血が多いのが特徴です(約66〜73%) 。死亡の原因の多くは脳出血によるものと報告されています。脳出血の原因として、①脳動脈瘤や脳動静脈奇形、もやもや病などの脳血管疾患を持つもの ②脳血管疾患をもたないもの ③妊娠高血圧症候群(姙娠に伴い高血圧を発症する) ④原因不明 に分けられます。脳神経外科学会や脳卒中学会での統計では、脳血管疾患からの出血が約50%程度を占めています。ほとんどが、脳動脈瘤や脳動静脈奇形による脳出血です(動脈瘤>脳動静脈奇形)。妊娠に伴う体の変化で脳出血をきたすリスク因子は、③の妊娠高血圧症候群そのなかでも妊娠高血圧腎症、さらにHELP症候群などの合併は脳出血に高い関連性があると報告されています(妊娠後期から産褥早期)。これらについては産科医より詳しい説明を受ける事ができます。ここでは、脳動脈瘤などの脳血管疾患に関わる説明をします。

2)脳出血は、妊娠中のいつに起こりやすいか?

脳出血は、妊娠中でも分娩時でも産褥期(出産後6〜8週間)のいずれに時期においても起こる可能性があります。統計では、妊娠32週より前は動脈瘤や脳動静脈奇形などの既存する脳病変からの出血が多く、32週以後はそれらの病変を欠く脳出血が増えると報告されています。分娩時に強く力んだり、呼吸を整えたり(過呼吸)、分娩時に血管病変が破綻して出血する事は少ないのも不思議かもしれませんが、その理由は、推測までとなっておりはっきりとした医学的根拠は見つかっていません。また、脳動静脈奇形は脳動脈瘤に比べると分娩時や産褥期でも破裂する事は多いとされています。既存する脳血管疾患の妊婦さんに妊娠高血圧症候群やHELP症候群を合併する場合も含まれます。

3)脳血管疾患がある場合は、帝王切開での出産が良いのか?

産科医や新生児を扱う小児科医(新生児センター)は、可能なかぎり通常の経膣分娩が好ましいと言う意見が大多数のようです。帝王切開にすると、次回の出産も帝王切開になる事(現在は、帝王切開した後に経膣分娩が行えるように色々と考えられているそうです)、経膣分娩の方が帝王切開をした赤ちゃんより状態が良いとの意見を聞きます。海外のデータ-では、動脈瘤の場合は妊産婦の破裂率と非妊娠時の女性の動脈瘤破裂率は変わらない傾向が多いですが、実状としては、脳動脈瘤の患者さんの帝王切開での出産はかなり多い(50%〜75%)と報告されています。脳動静脈奇形についても同様の結果が多く報告されていますが、動脈瘤の場合と異なり妊娠後期や分娩時での脳出血発症のリスクが上がるとの報告も散見されます。

私見として、脳血管疾患がある場合の選択肢としては、①妊娠前に治療を行い経膣分娩、②妊娠中の病変の変化について経過観察を行う。状態によっては、帝王切開もしくは脳血管疾患の治療(妊娠の継続の可否も含め)となると思います。小児科医(新生児センター)、産科医、脳神経外科医が常在し、よく連携できる病院での出産予定と準備をお勧めしています。統計では、妊産婦の脳血管疾患がある場合の出血のリスクは低い傾向にありますが、病変の大きさや場所、数など個人差があります。低いとされているリスクが自分に降りかかる可能性もあるのも事実です。脳神経外科医・産科医・新生児センター医師が常在する大きな病院でそれら専門家医師の連携と出産方法についての意見と判断、妊婦さんの希望に沿って考えていく事が大切だと思います。

4)妊娠時の画像検査

MRI検査については、アメリカの小児放射線学会にて胎児への機能的な影響や低出生体重などの合併はないという見解が最終的に示されています。また、MRI検査での造影剤使用については診断上の有益性が危険性を上回ると判断される場合においてのみ行う事とされています。X線(放射線)を用いるCT検査や放射線に透視を用いたカテーテル検査については、放射線被曝に対する胎児への影響を考慮し、安全を見込んだ放射線量が定められています。この範囲内であればX線検査、CT検査等が可能です。


2.妊娠と脳腫瘍

基本的には、妊娠女性と同年齢の妊娠されていない女性とは、同じ頻度で脳腫瘍が発生し腫瘍の組織型(脳腫瘍の病名)も同様であると考えられています。良性腫瘍、悪性腫瘍の頻度も同様です。妊娠可能である年齢(18歳〜45歳)の女性の腫瘍罹患率は10万人に2〜3人であり、腫瘍合併妊娠は、妊婦10000人に対して1人位と報告されており、非常に稀と言われています。約60〜70%は、髄膜腫や神経鞘腫(聴神経腫瘍を含む)と報告されています。

(1)脳腫瘍合併妊娠による影響

非常に稀とされている脳腫瘍合併妊娠の中での母体死亡率は、約8%と報告されています。母体死亡の多くが、妊娠中もしくは分娩前に初めて脳腫瘍があると診断をされており、妊娠後期や分娩時に不幸な事態が生じます。

(2)妊娠中の腫瘍の変化

妊娠に伴い、良性、悪性に関わらず腫瘍は大きくなると言われています。原因としては、妊娠に伴う循環血液量の増加や体液の貯留、それらによる脳浮腫が影響していると考えられています(腫瘍内を流れる血液量や腫瘍細胞内の水分変化)。髄膜腫や聴神経腫瘍などは、ホルモン受容体の存在により妊娠により腫瘍増大が加速する可能性があるとも言われています。産後は、徐々に脳腫瘍は縮小する傾向にあると報告されています。

(3)妊娠中に腫瘍が発見された場合

治療や妊娠の継続については、症状・妊娠週数・腫瘍の大きさや種類により母親と胎児の双方の生命予後を考慮して考えなければなりません。また、出産可能であれば経膣分娩か帝王切開にするのかも考えます。脳腫瘍の治療を行わずに無事に出産が終えても、出産後のホルモン変化や拡張した子宮収縮に伴う循環血液量の増加などによる腫瘍への影響による症状出現と悪化の報告もされています。腫瘍増大に伴う周囲への圧迫症状出現の可能性や浮腫などによる癲癇発作(てんかん)の可能性も含め、脳神経外科医と産科医の連携が大切となりますので、総合病院での相談と出産準備、出産が必要と考えています。また、陣痛やそれに伴う腹圧により頭蓋内圧(脳圧)が亢進するため、腫瘍の大きさや周囲の脳の状態によっては、全身麻酔下での選択的帝王切開を産科医より勧められると思われます。

 

3. 妊娠と海綿状血管腫

海綿状血管腫は、出血する頻度も低く出血量も少ないものの、血管奇形であるため「帝王切開が好ましい」と昔よりよく言われています。近年では経膣分娩が可能と報告されていますが、出血する可能性があれば帝王切開を考慮

必要もあります。出血するリスクは、過去に出血をした事あるか?、血管種が多発しているか?、癲癇発作(てんかん発作)を繰り返しているか?、妊娠前の画像経過で大きさに変化があるか?などが出血に関わるリスク因子になります。家族性の海綿状血管腫では、発症に関わる遺伝子(CCM)の中でCCM3の場合には、出血するリスクがあるとも報告がされています。さらに、妊娠に伴い血管腫が大きくなる事もありますので、妊娠中の経過観察は大切だと思います。出血に対して強く心配する必要はありませんが、ごく稀に起こる妊娠中や分娩時の出血の当事者にならない様に、経過観察や出産方法(経膣分娩や帝王切開、麻酔併用時の場合の麻酔法)については、大学病院や総合病院内での常勤されている産科医や脳外科医と相談する事がよいでしょう。

妊娠と脳出血